占い師の開運ブログ
- 人間関係編
2015.4.15
ほぼ日常スピ的思考
ルーナなんば店一トイレットペーパーの端を三角に折るのが下手な珠蟲ですコンニチハ (・∀・)ノ
どうしてなんでしょう?
ご不浄におわす神々への感謝や畏敬の気持ち、いらして下さるお客様や先輩占い師の方々、気配り上手なスタッフの素敵な面々への感謝の気持ちはあるのに、三角に折るのが下手過ぎるんです。
生まれてこのかた、トイレットペーパーの端が三角に折られているような環境で育ってきておりませんので、難しさもヒトシオです。
そんなわけで、気持ちがカタチにならないって事、ございませんか?
恋愛しかり。
こんなに想っているのに、お相手には全く届かなくて、届いていても、なんだか自分が思うのと違う形で届いてしまっている。
そうじゃないんだ!
違うんだ!
今度会ったら伝えようとしても、ツンデレ魂炸裂して結局いつもみたいな結果になってしまう。
ようは、空回っている。
どうしてそんな事になってしまうのか、ちょっと聞いてみました。
所謂、神様。
所謂、高次元の存在。
所謂、グレートスピリット。
等々。
(余談ですが、呼び名はこの際、何でも良いと思っています。
日本は八百万の神がおわす所であり、他国の神もどんどん受け入れてきた懐の深い場所です。
そういった存在の名前が変わった所で、気持ちがあれば何ら問題はないんです。
真名というのは、元より私達に知らされるものではないので。)
結果、お答えなんですが。
たった一言、
『自己顕示欲』
と。
なるほど。
不肖珠蟲、至極納得致しました。
件のトイレットペーパーに関して。
次の方の為に、と。
私は一見、良い行いのように見える事をしています。
でも、上手く折れない、とか。
見た目が綺麗じゃないから返ってありがた迷惑なんじゃないか、とか。
そういう事が気になってしまってます。
こういう感情の流れって、自分を他者に良く見せたい、という自己顕示欲にしか過ぎなかったりします。
ちょっと私たちより上の次元の方々は、そういう気持ちを理解出来きませんし、その概念すらありません。
なぜなら彼らは、あるがまま、で、己と他を比べる事などしないからです。
綺麗に折れていようが、不器用であろうが、どうでも良い事なんです。
ただ、その時トイレットペーパーの端が三角に折られていた事によって、私自身、とても使い勝手が良かった。
そして、気分が良くなった。
前に折ってくれた方に、ありがとう、と思った。
だから、次へ回したいと思った。
それだけの事なんですね。
これって、ペイフォワードにも繋がります。
ここを意識すると、あら不思議。
これまでよりも、楽に折れるようになった気がします(当社比)
妙な気負いがなくなり、肩の力が抜けたわけです。
トイレットペーパーごときで何を大袈裟な、とお思いでしょうが、こういう思考のクセ、というのは、恋愛を含む人付き合いでも出てきてしまうんですね。
必要以上に自分を良く見せたい。
他の人よりも、抜きん出て良く思って欲しい。
全くなしにしろ、とは言いませんが、空回っている事が多い方は、その気持ちがちょっと過剰過ぎて、ついつい上記のような思考のクセに陥りがちです。
誰でも、屈折なく自分の気持ちが相手に伝われば良いと思っておられるでしょう。
カタチに表すのなら、その自分の気持ちのみが乗れば良いのに、気負ってしまったら余計な気持ちがたくさん乗ってしまいます。
そんな時は、全く別な、楽しかった事を思い浮かべて下さい。
相手への好意的な気持ちは、楽しい、という気持ちと連動します。連動したら、思い出します。
楽しい、や嬉しい、や気分がいい。
それらの気持ちはとても強く、相手を好意的に感じた当初の気持ちへとフォーカスされ、尚且つクローズアップされて、言葉やカタチに乗るんです。
気づけば。
きっと普段のアナタ方のように、相手の方へ接しておられるでしょう。
そんなわけで、日常の中のちょっとしたスピ的思考をお送りしてみました。
...余談ですが、私の折ったトイレットペーパーの端の三角折りbefor、afterを写真に納めてアップしようと思ったんですが、何よりトイレからシャッター音がしたら怪しい。
そして、ブログのサムネイル画像がトイレットペーパーになるのは切ないので、踏み留まった次第です...。



