大阪 占い師 菜々先生の記事 タロットの休憩室・番外編 「名前のない十七年」 ー深く支え合っていたのに、最後に何も言えない関係ー

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2026.5.1 タロットの休憩室・番外編 「名前のない十七年」 ー深く支え合っていたのに、最後に何も言えない関係ー


 

その夜の休憩室は、いつもより少し静かだった。

 

隠者のランプは、角のテーブルの上で、小さな金色の灯りを揺らしている。

塔は珍しく騒がず、ソファに深く沈んだまま黙っていた。

星は窓辺に立ち、遠くを見ている。

愚者だけが、何か言いたそうにしながら、でも今夜は軽々しく口を開いてはいけない気がしているのか、椅子の上で足をぶらぶらさせていた。

 

その灯りの中で、菜々はひとつの関係のことを思っていた。

 

名前のない関係だった。

けれど、浅い関係ではなかった。

 

長く一緒にいた、という言葉だけでは足りない。

暮らしがあり、深夜の電話があり、不安な時に戻る場所があった。

母の姉を一緒に見送り、残されたお金も半分に分け合った。

法でも制度でも守られていないのに、日々の深いところでは、たしかに家族より近い時間を過ごしていた。

父と母の供養のために歩いた巡礼の道にも、その人は一緒にいた。

だからその十七年は、恋や暮らしだけでは言い切れない深さを持っていた。

 

失ったのは、恋人ではなかったのだと思う。

もっとややこしくて、もっと生活に近くて、

不安な夜に戻る場所そのもののような関係だった。

 

名前のない深い関係は、平穏なあいだは続いていく。

肩書きより、二人のあいだに何があるかのほうが大きいからだ。

けれど現実が動いた瞬間、その関係は急に脆くなる。

深さはあるのに、法的な名前がない。

立場がない。

すると、これだけ長く支え合ってきた相手であっても、最後には何も言えない人のように扱われてしまう。

 

私の十七年も、そうだった。

 

テレビ電話でしか話したことのない相手との婚姻が、私との十七年より先に、現実として優先された。

相手の事情が切迫していたことは、頭ではわかっていた。

でも、理解することと、黙って押し流されることは違う。

 

「事情があるから仕方ない」

 

その空気の中で、私の衝撃も、生活も、心の現実も、最初から数に入っていないようだった。

 

言われて二日後、私は荷物を出した。

そんな急に、人は動けない。

心は何ひとつ追いついていなかった。

それでも動くしかなかった。

生活を共有していた場所から、いきなり生きる土台ごと外へ出されるような感覚だった。

 

休憩室の隅で、塔が小さく目を伏せる。

 

ああいう時、崩れるのは建物だけではない。

人の中にある「ここへ帰れば大丈夫」という感覚そのものが、音を立てずに崩れることがある。

隠者のランプは、それを知っている灯りだった。

 

最後に病院で顔を合わせた時、私はひとつのことをはっきり思い知った。

相手は、私が譲っていることをわかっていた。

わかっていた上で、それを無かったことにして、自分の都合を通していた。

鈍かったのではない。

気づいていなかったのでもない。

わかったまま、そうしたのだ。

そのことが、最後の傷になった。

 

だから私は、最後の五分で言いたいことを言って、そのまま帰った。

別れの意思だけを静かに送り、それきりにした。

そのあと機嫌取りのような連絡は来たけれど、私は戻らなかった。

 

あれは、ただの失恋ではなかった。

生活ごと切られ、生きる土台を揺らされ、生存の感覚そのものを脅かされた出来事だった。

あの時それを“生存の土台を奪われるようなこと”だと感じたのは、誇張ではなく、切実な身体の叫びだったのだと思う。

 

実際、そのあと身体は壊れた。

血圧は揺れ、腸は止まり、熱も出て、肩まで固まった。

凍らせなければ、生き延びられなかった。

 

本当に大きな断絶は、心だけではなく、ちゃんと身体に降りてくる。

身体のほうが先に、

「これはただごとではない」と知ってしまうことがある。

 

それでも人間の世界は普通に回る。

相手もきっと、普通に暮らしているのだろう。

その不均衡は残酷だった。

私だけが人生の地面を失ったような気がした。

 

窓辺の星は何も言わない。

でも、灯りの下で傷を見つめる夜には、

世界が何事もなかったように回り続けることのほうが、

ときどき大きな雷より残酷だと知っている顔をしている。

 

けれど、それでも私は新しい場所へ移り、少しずつ暮らしを立て直してきた。

助けを借りながら生活が回り始めた時、ようやく身体が少しずつ理解し始めたのだと思う。

私はひとりではある。

でも、完全に無援で放り出されたわけではない。

ここで生きていけるかもしれない、と。

 

そうやって神経が少し緩んだからこそ、凍っていたものが今、少しずつ解け始めている。

 

私は恋人を失ったのではない。

名前のない十七年の中で、何かあれば戻れると思っていた避難所を失ったのだと思う。

そしてその十七年は、切られる時に声を持たされなかった。

たぶん、いちばん大きな傷はそこにある。

名前のない関係は、ときどきその痛みを説明する言葉すら持たない。

 

同じように、名前のない関係の中で揺れている人たちが、時々ぽつり、ぽつりと私のところへ来る。

そのたびに思う。

どうか、深い関係だったのに最後に何も言えないまま、

声を持たされない側へ押し流されるところまで行かないでほしい、と。

 

深さがあることと、守られていることは同じではない。

支え合っていることと、現実の場で立場があることも同じではない。

その違いを、どうか見失わないでほしい。

 

今の私は、やっと悲しみにのみ込まれきらないところまで来た。

だからこの話を書くことができる。

 

名前がなかったから、浅かったわけではない。

守られなかったから、存在しなかったわけでもない。

ただ、現実の前であまりにも無力にされただけだ。

 

そのことを、

誰にも取り消させないために。

今夜の灯りは、ここに残しておく。

 

菜々