占い師の開運ブログ
- スピリチュアル編
2016.4.11
海瑛の小話色々その2
先日、お客様から、現代人って迷子になり易くないですか?
と言う質問を受けましたのでお答えします。
普通迷子は、歳はもいかない小さい子供がなるものなのです。
だから大人の迷子とは、まだ心が大人になりきれていない人間の事を言います。
例えば。
自分の親から十分な愛を受ける事無く育った人が結婚して、子供を授かり出産する。
しかし自分自身が大人になりきれていない為、
わが子に対してどう接したらいいか分からない。
その果てが育児放棄です。
そんな母親に育てられた子供が成長しても、
心は満たされぬまま刻だけが過ぎて行きます。
悲しい事に身体だけは普通に大きく育つ。
見た目だけは立派な大人のように観える。
けれど、そんな子は刻が過ぎ大人になっても、きっと迷子になります。
なぜなら、その子は本物の親の愛を知らないからです…。
幸いなことに子供の迷子の場合は、
泣き叫ぶだけで、他に害を与えないし、立ち直りも早い。
しかし、大人の迷子の場合は他人の痛みなど分かるはずも無く、
人の身も心も傷つけ、平気でいられる。
それは親から善と悪の境を教えてもらえなかったからです。
「自分が生まれてきた事。」
それが、どれだけ選ばれ、価値のある事なのかさえも教えられず。
ただ無意味に刻だけが通り過ぎていったのでしょう…。
そんな中で何か自分はおかしいのではないか…。
そう感じても、相談する本物の大人が居ない…。
恰好よく生きたいのに、どうすれば良いのか解からない…。
海瑛は思います。
本当の恰好良さとは、物の価値を知り、その物の為に汗を流す事。
自分の生きる道が分らないと嘆く前に、与えられた出来事全てに、全身全霊でぶつかる事。
そうすれば必ず道は開けます。
それが手の掌ぐらいしか入らないような小さな隙間であっても、
後は強引に開けてそこにある眩しい光に当たればよいのです。
その光が希望という誰にでも与えられる目には見えないけれど、
努力さえすれば手に入るものです
汗を流し、守る者を見つけ、自分がどれだけ選ばれ頼りにされ、
そして価値ある人間だと自覚できた刻、やらなければいけない事が多すぎて、時間がもったいなく
て迷ってなんかいられないはずです。
そうなると、色んな事に興味を持ち、前だけを見て歩いて行けます。
天職とは、本当は自分の好きな事をしてそれが人々に感謝される。
あるいは励みになり、それで生活をして行ける事を言います。
しかし、人間は生きて行かねばならない。
それならばまず、最低限の命の保証の出来る自分になる事です。
「この世に生まれてきた!」
ただそれだけの事が、どれだけ凄い事で。
「自分が存在する」
それ自体が奇跡だと思え感謝できた刻、人生は楽しく、夢が持てます。
人の心に関係なくただ、ただ刻は過ぎて行きます。
だから、くれぐれも時間の無駄使いはしないで下さい。
海瑛



