占い師の開運ブログ
- スピリチュアル編
その夜の休憩室には、
まだ星時計の夜の灯りが、
消えきらずに静かに残っていた。
窓辺では、星がいつものように、
少し遠くを見る目をして座っている。
あの子は、
ひとつの恋の余韻を、
誰より長く胸に置いておける子だ。
「……星時計みたいな恋って、
やっぱり特別やったんやね」
そのつぶやきに、
隠者のランプが小さく灯りを揺らした。
「ええ。
ああいう恋は、たしかにあります。
人が人に出会って、
“ようやく会えた”と心のどこかが先に知ってしまうような夜。」
「静かで、深くて、
たった一晩でも、
あとから何度も座り直したくなるような席。」
星は、
その言葉の先を待つように黙っていた。
ランプは少しだけ間を置いてから、
ゆっくりと続けた。
「けれどね。
恋はいつも、
同じ季節のままでは来ないのです。」
⸺
まだ恋が、
灯りとして届いていた頃がある。
会えた。
笑ってくれた。
同じものが好きだった。
一緒にいると、ほっとした。
それだけで、
胸の中に小さな灯りがともる。
好きになることそのものが、
世界を少しやさしく見せてくれる。
そういう恋がある。
星時計の夜は、
たしかにそういう灯りを持っていた。
けれど人生は、
それだけでは終わらない。
時間が進んで、
背負うものが増えて、
守らなければならない現実ができて、
傷の数も、
簡単には数えきれないほど増えてくると、
恋は少しずつ、
別の顔を持ちはじめる。
それは、
ただ心をあたためるものではなくなる。
むしろ、
自分の中でまだ片づいていなかったもの。
見ないふりをしてきた痛み。
家族から受け継いだ古い傷。
そういうものまで、
ふいに照らし出してしまうことがある。
⸺
節制が、
テーブルの上の空いたカップを見つめながら、
静かに言った。
「恋の温度って、
相手が違うから変わるだけじゃないのよね。
自分がどこまで生きてきたかでも、
変わってしまうの。」
世界のカードが、
その言葉をゆっくり受け取る。
「同じ“惹かれる”でも、
灯りになる恋がある。
でも、ある時期からは
引力そのものが傷に触れてしまうこともある、
そういうことか。」
「ええ。」
とランプはうなずいた。
「恋はときどき、
癒しとして来るのではなく、
まだ癒えていないものを
あぶり出すために来ることもあるのです。」
星が、そこでようやく目を上げた。
「……じゃあ、
次に来る恋は、
星時計とは違うんだね。」
ランプは、
今度ははっきりとうなずいた。
「違います。
次の夜に訪れるのは、
静かな灯りの恋ではありません。」
「もっと強く、
もっとどうしようもなく、
理屈より先に深い場所を引っぱってしまうもの。
しかもその引力は、
ぬくもりだけでは終わらない。」
⸺
恋にも、季節がある。
やわらかな春の色の中で、
ただ会えたことがうれしい恋。
一緒に座れたことそのものが
宝物になる恋。
けれどそのあとに、
もっと熱を帯びた季節が来ることがある。
会えたことよりも、
会ってしまったことの意味が重くなる恋。
好きになったことよりも、
どうしてここまで揺れてしまうのかが
問題になる恋。
そういう恋は、
人をただ幸せにするためだけに
現れるとは限らない。
むしろ、
その人の中にある
古い扉や、閉じきれなかった門を、
容赦なく揺らすために現れることもある。
⸺
ワンドのナイトが、
少し落ち着かない顔で立ち上がる。
「なんか、
次の夜は静かには済まなさそうだね。」
「ええ。」
ランプはその灯りを、
ほんの少しだけ細くした。
「次に来るのは、
“この人といると、ほっとする”
だけでは済まない夜です。」
「惹かれ合うことと、
幸せになれることが、
きれいには重ならない夜。」
星は、
窓の外の気配を見つめたまま、
小さく息をついた。
「恋の季節が、変わるんだ。」
誰も返事はしなかった。
けれどその沈黙の中に、
もう次の夜の気配は、
たしかに混じり始めていた。
静かな喫茶店の灯りではなく、
もう少し熱を帯びたもの。
やさしい余韻ではなく、
人の傷まで引き寄せてしまう引力の気配。
隠者のランプだけが、
その名前をもう知っていたのだと思う。
星時計の夜が、
胸の奥に静かな灯りを残した、そのあとで。
次の夜は、
火星と金星の磁石を連れて、
もう扉の向こうまで来ていた。
菜々



