大阪 梅田の占い師 菜々先生|タロットの休憩室・第十二夜 「クレヨンの虹とカップのペイジ」

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2026.3.13 タロットの休憩室・第十二夜 「クレヨンの虹とカップのペイジ」


その夜の休憩室は、どこか「仕事を終えたあとの部屋」みたいな空気だった。

壁には、昨夜までに縫い上げられたカップ10のタペストリーが掛かっている。
銀色の「ごめんね」の糸。
そのすぐ隣には、やわらかく光る金色の「ここまで生きてくれてありがとう」の糸。

ソード3は、包帯の上からそっと触れるようにタペストリーを見あげ、塔は腕を組みながら、わずかにほっとした顔をしている。
床のあたりで、力のカードの女性とライオンは、一仕事終えたみたいに、並んでうとうとしていた。
隠者のランプが、小さな灯りで部屋を照らしながら、星といっしょに、その布を静かに見守っている。

「銀の糸も、金の糸も、ちゃんと根を張ったね。」

星が、ほっとしたようにささやいた、そのときだった。

⸻

タペストリーのいちばん下のあたり、まだ何も刺繍されていない、ちいさな余白がふっと揺れた。
そこに、丸い影がぽとりと落ちる。

くすんだ水色の帽子。
大きめのセーター。
両手で抱えるには、少し大きすぎるカップ。

その中から、小さな魚のような光が、ぴょこんと顔を出して、部屋の中をきょろきょろ見回した。

「……カップのペイジ?」

星が目を丸くする。

ペイジくんは、少し照れたように笑った。
でも、その目はまっすぐ、タペストリーの方を向いている。

⸻

「ねぇ。」

ペイジくんが口を開く。

「この布、上の方はきれいに縫えてるのに、
真ん中のあたり、けっこうぐちゃぐちゃだね。」

塔が、思わずむっとした顔をする。
ソード3が、気まずそうに包帯を触る。

女帝が小さく咳払いした。

「そ、そこは……いろいろあったところなのよ。」

ペイジくんは、首をかしげる。

「うん、いろいろあった感じが、すごくいい。」

「ここ、ぼく、好きだなぁ。」

⸻

星が、恐る恐る尋ねる。

「……どこが“いい”の?」

ペイジくんは、タペストリーに近づいて、銀色と金色の糸が重なっているあたりを指さした。

「だってここ、
“ごめんね”って何度も縫い直した場所でしょ。」

「それから、
 “それでも一緒に生きてくれてありがとう”って
金の糸が通ってる場所でしょ。」

「そんなの、ぜったい“おもしろい場所”じゃん。」

塔が思わず口をはさむ。

「おもしろいって、おまえ……
ここは人間の世界では、
 『あんなことがなければよかった』って
何度も後悔される場所なんだぞ。」

ペイジくんは、カップを抱えたまま、真面目な顔で塔を見る。

「うん、知ってるよ。」

「ぼく、ずっとお空から見てたもん。
泣きながら縫ってた日も、
針を持つ手が止まって動けなかった夜も。」

⸻

隠者のランプの炎が、少しだけ明るくなった。

「お空から、見えていたのですか。」

ペイジくんは、ランプの炎の高さまでしゃがみこんで、こくりとうなずく。

「銀の糸だけのときは、やっぱり苦しそうだった。
“ごめんね、ごめんね”って、何度も同じところばっかり縫ってて。」

「でも、ある夜から、
そこに金色の糸が一本、スーッと通りはじめたんだ。」

力の女性が、寝ぼけたように目を開ける。

「『ここまで生きてくれてありがとう』……の糸ね。」

ペイジくんは、嬉しそうに笑った。

「そう、それ。」

「ぼくね、その金の糸を見て、
 “あ、ここなら遊びに行っても大丈夫そうだ”って思ったんだ。」

⸻

女帝が、そっと問いかける。

「“遊びに行く”って、
“傷を背負いに来る”んじゃなくて?」

ペイジくんは、カップの中の魚の光を、ぽちゃんと揺らしながら言う。

「ううん。」

「ぼくは、“この布を直しに来る子”じゃないよ。」

「この布の上で、絵を描きたくて来る子。」

星が、はっと息をのむ。

「じゃあ、あなたは……
『家族の穴を埋めるための子』じゃなくて?」

「『もういちど笑うための子』?」

ペイジくんは、照れ笑いしながら、ポケットからクレヨンの束を取り出した。

⸻

「ね、見てて。」

ペイジくんは、タペストリーの「シミ」のように見える場所に、そっとクレヨンを走らせた。

暗かったはずのシミが、いつのまにか小さな惑星のような模様になっていく。
別のほつれた場所には、黄色い太陽と、水色の水たまり。

銀色の「ごめんね」の糸の上から、金色の「ありがとう」の糸と、さらにその上に、子どもの落書きみたいな虹が重なった。

女帝が、小さな声でつぶやく。

「そこは……
 『あんなことを言わなければよかった』って思っている場所なのに。」

ペイジくんは振り返る。

「うん。だから、ぼくの大好きな場所にするの。」

⸻

ソード3が、そっと尋ねる。

「君の目には、あの“失敗の跡”が、
本当にそんなふうに見えるのかい?」

ペイジくんは、カップをぎゅっと抱きしめた。

「だってさ。」

「銀の糸だけの布は、
“ごめんね”の途中で止まってて、
触るとまだピリピリするけど。」

「銀と金の糸が並んでる布は、
 『ここは痛かったね』って認めたうえで、
『でも、ここまで来たね』ってあったかくしてあるでしょう?」

「そういう場所なら、
ぼくみたいな子が降りても、
 “全部、ぼくのせいにされない”気がしたんだ。」

塔が、腕をほどいて、少しだけ姿勢を正す。

「……“おまえが生まれたから、こうなった”と
言われない場所、という意味か。」

ペイジくんは、静かにうなずく。

「“あなたが来てくれたから、
 この布をもう一枚重ねてみよう”って
言ってもらえる場所のほうが、ぜったい楽しいもん。」

⸻

隠者のランプが、やわらかく揺れる。

「では、あなたは、
親たちの傷の“代役”としてではなく、」

「その上に、新しい模様を描く係として
ここに来ようとしているのですね。」

ペイジくんは、カップの中の水を覗き込みながら言う。

「うん。」

「ここまで銀と金の糸を縫ってきた人たちが、
やっと少し椅子に座って、
『ふぅ……』って息をつきはじめたでしょ。」

「そこに、“じゃあここから一緒に遊ぼうよ”って
クレヨンを持って降りてくるのが、
ぼくらみたいな子の役目だと思う。」

女帝の目に、静かな涙がにじむ。

「あなたたちは、
私たちの“償いのため”に来る子じゃなくて……」

星が言葉を継ぐ。

「“続きを生きるため”に来る子たち。」

⸻

ペイジくんは、タペストリーに描き足したちいさな虹を見上げる。

「もちろん、
降りてきたあとは、いろんなことがあるよ。」

「怒られる日もあるし、
抱きしめてもらえなくて悲しい夜もあるかもしれない。」

「でもね。」

「布のどこかに、銀と金の糸が通ってる家なら、
そのたびに少しずつ、
“新しい縫い目”を一緒に探せる気がするんだ。」

ソード9が、部屋の隅から静かに言う。

「“怖いがいる夜”のあとに、
このテーブルでお茶を飲める朝が来る……と?」

ペイジくんは、にこっと笑った。

「そう。
“怖い”の横に、新しいラクガキを描ける朝。」

⸻

人間たちの世界では今日も、どこかの家の中で、

「自分のところに来てくれた子は、
本当に幸せになれるんだろうか。」

「この家に産んでしまって、
申し訳なかったんじゃないか。」

そうやって、胸の奥がざわざわしている大人がいる。

またどこかでは、生まれてくることを選ばなかった魂や、まだお空の楽屋で様子をうかがっている魂が、そっと下の世界を眺めている。

もし今、

「子どもに同じ苦しみを背負わせたくない」
「それでも、誰かと“続きを生きてみたい”」

そんな相反する想いで、胸が引き裂かれそうになっている人がいたら――

カップのペイジは、「親の罪悪感を埋めるためのピース」ではなくて。

銀の「ごめんね」と金の「ここまで生きてくれてありがとう」の糸が並んで光っている布の上に、自分なりの絵を描きたくてやってくる、小さな水のメッセンジャーなのかもしれません。

あなたがもし、もう子どもを持たない選択をしたとしても。
あるいは、現実にはまだ誰も降りてこないとしても。

あなたの中にはきっと、「カップのペイジのような、小さな自分」がいて、

「もう少し楽に、生き直してもいい?」
「この傷だらけの布の上で、
ぼくの好きな模様を描いてもいい?」

と、そっと問いかけているのかもしれません。

⸻

カップ10のタペストリーの下で、ペイジくんはクレヨンを握りしめたまま、あくびをひとつ。

星は窓の向こうの夜空を見ながら、小さな声で言う。

「銀の糸と、金の糸と、
それからクレヨンの線。」

「やっと、“生き延びるだけじゃない布”が
ここから始まるんだね。」

隠者のランプが、その言葉に小さくうなずくように揺れた。

今日はここまで。
続きのページは、また別の夜にひらかれる。

 

菜々

 



 

⸻

*小さな差し入れ*

今夜、目を閉じてみたとき、あなたの胸の奥のどこかに、ちいさな「カップのペイジ」が座っているところをそっとイメージしてみてください。

その子は、あなたの人生のタペストリーの上の「ここは失敗だった」と思っている場所を指さして、

「ねぇ、ここさ。
ぼくにはけっこう、いい遊び場に見えるよ?」

と、クレヨンを持って笑っているかもしれません。

もしできたら、心の中で一言だけ。

「来てくれてありがとう。
ここから一緒に、少しだけラクに生き直そう。」

そうつぶやいてみてください。

それだけで、あなたのカップ10の布のどこかに、ほんの細い、新しい色の線がそっと一本、足されているはずです。