大阪 占い師 菜々先生の記事 タロットの休憩室・第九夜 「豆球と“怖い”の椅子」

菜々先生の記事タロットの休憩室・第九夜 「豆球と“怖い”の椅子」

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  • スピリチュアル編

2026.3.2 タロットの休憩室・第九夜 「豆球と“怖い”の椅子」


その夜の休憩室は、いつもより少しだけ「起きて」いた。

塔はソファに深く沈み込んでいるのに、まだ目を閉じきれず、
ソード3は包帯を巻き直した手を膝の上に置いたまま、
どこか遠くのことを考えている。

隅のテーブルでは、隠者のランプがいつものように揺れている。
けれど今夜は、ランプの灯りが、
豆球みたいにいつもより少し小さく見えた。

部屋の片隅では、古い振り子時計が
コチ、コチ、と音を立てている。
昼間なら気にも留めないその音が、
今夜に限って、やけに大きく響いていた。

──そのとき。

休憩室の奥の方から、ふっと気配が動いた。
誰も扉を開けたはずがないのに、
ひとつのベッドが、そこに現れている。

薄い毛布。
膝を抱えて座ったひとりの影。
その背中の向こうの壁には、
九本のソードが、縦に並んで影を落としていた。

ソード9だ。

「今夜は、ここを借りてもいい?」

ソード9が、少し疲れた声で言う。
愚者が、リュックを抱えたまま、半分眠そうな顔を上げた。

「ねぇ、ソード9ってさ。
 “悪い夢のカード”なんでしょ?」

ソード9は、ゆっくりと首を横に振る。

「ぼくは“夢”じゃないよ。
“眠れない夜にだけ呼ばれる、心の中の映写機”みたいなもの。」

ベッドの端には、小さな子どもの影も座っていた。
その腕の中には、柔らかい耳のついたぬいぐるみ。
ボタンの目が、じっとこちらを見ている。

子どもの影が、ぽつりと言う。

「目ぇつぶったら、
こわい映像がなんどもなんども出てくるの。」

ソード9は、ベッドの端に腰をかけた。

「うん。
それを夜にまとめて映すのが、ぼくの仕事なんだ。」

星が、窓辺からゆっくりと歩いてきた。

「どうして、夜になると増えるんでしょうね。
“こわい映像”や、“今日怒られた場面”ばかり。」

子どもの影が、小さな声でつぶやく。

「ママが怒った顔。
あしたもまた怒られたら、どうしようって思う顔。
“ごめんなさい”っていっても、
まだ怒ってるかもしれないって思う夜。」

ベッドの上の毛布が、きゅっと握りしめられる。
ぬいぐるみの柔らかい耳だけが、静かに揺れた。

隠者が、ランプを持って近づいてくる。

「昼間、“見ないことにしていた不安”は、
夜になると、だいたいソード9のところへ流れてきます。」

ソード9は、九本のソードを見上げた。

「これね。
どれも“新しく刺すための剣”じゃないんだ。
昼間、胸の中をかすめたのに、
そのまま棚に上げられてしまった思い出たち。」

一本は、「あのとき言い返せなかった言葉」。
一本は、「失敗した自分への責め言葉」。
一本は、「怒らないでほしかったのに、怒られた記憶」。
一本は、「本当は怖かったのに、『平気』って笑った自分」。

「それが夜になると、
 “まだここにいるよ”って名乗り出てくる。」

星が、ベッドの側に腰をおろす。

「じゃあ、ソード9は、
“壊すためのカード”じゃなくて、
 “まだほどけていない結び目”を照らしているだけ、なんですね。」

ソード9は、小さく笑った。

「そう。
ただ、タイミングが悪いんだよね。
いちばん疲れている時間に、まとめて来ちゃうから。」

そのときだった。

ベッドの足元のほうに、
名前のついていない、灰色の影がふっと現れた。

はっきりした顔も、輪郭もない。
けれど、その場にいる誰もが、
その影の名を知っていた。

「……“怖い”だ。」

愚者が、ちいさな声でつぶやく。

怖いは、何も言わない。
ただ、ベッドの端に腰を下ろして、
子どもの影と同じ方向を向いて座った。

時計のコチコチという音だけが、少し大きくなる。

隠者は、ランプの火を少しだけ強くした。

「怖いは、追い出そうとすると大きくなります。
でも、椅子をひとつ用意して、
“そこに座っていていいよ”と言われると——」

星が、続きを引き取る。

「ただ“そこにいる係”に変わるんですね。」

ソード9は、うなずいた。

「そう。
あるカードが、昔こんなふうに教えてくれたことがある。」

ソード9は、ベッドの上で膝を抱える子どもに向かって、
静かに言葉を置いていく。

「怖いは来るよ。
でも、いてるだけで、何もしないことも多い。
朝になったら、ちゃんとどこかへ帰っていく。」

子どもの影が、少しだけ顔を上げる。

「ほんとに?」

「うん。」

ソード9は、壁の九本の剣を見上げる。

「ぼくは、“朝のカード”じゃないから分かる。
ぼくの担当は、“夜のあいだだけ”だから。」

ぬいぐるみの耳が、
子どものほうへ、そっと傾いた。

隠者のランプが、その耳とボタンの目を照らす。

「ほら。」

隠者が言う。

「柔らかい耳は、ちゃんとあなたの声を聞いています。
ボタンの目は、ちゃんとあなたを見ています。」

子どもの影は、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

「……この子は怒らないから、すき。」

星が、ふっと笑う。

「怒らない相手に、
夜のことを全部話してしまえるといいですね。
それが、朝への“橋渡し”になるから。」

ソード9は、ベッドの脇にもう一脚、小さな椅子を出した。

ひとつは、怖いのための椅子。
もうひとつは、「話を聞くぬいぐるみ」のための椅子。

「怖いは、追い出さなくていい。
でも、主役の席までは渡さなくていい。」

ソード9は、そう言って笑った。

「主役は、あなたの胸の中の小さな呼吸と、
このぬいぐるみの耳と目だから。」

豆球みたいなランプの灯りが、
ゆっくりと、ベッドのまわりを包んでいく。
時計のコチコチも、
さっきより少しだけ遠くに聞こえはじめた。

人間たちの世界では今日も、
どこかで豆球の下、眠れずに天井を見ている人がいる。

目を閉じると、怖い映像ばかりが流れてくる夜。
コチコチいう時計の音が、やけに大きく聞こえる夜。

「寝なきゃ」「考えるのやめなきゃ」と思えば思うほど、
心だけがどんどん目を覚ましてしまう時間。

もし今、
そんなソード9の夜のまっただ中にいる人がいたら——

その人のベッドの端には、
もしかしたら“怖い”が、もう座っているのかもしれません。
追い出されるのを待ちながら、
でも本当は「ただ、ここにいてもいい?」と言いたそうにしながら。

そのときは、心の中でそっと、
こんなふうに声をかけてあげられますように。

「今日は来たんだね。
そこに座ってていいよ。
でも、主役は渡さないからね。
朝になったら、ちゃんと帰ってね。」

そしてもし、
枕元にぬいぐるみやクッションや毛布がいたら、
それを「怒らない聞き役」にしてみるのもいいかもしれません。

柔らかい耳は、ちゃんと全部を聞いてくれていて、
ボタンの目や布の目は、ちゃんとあなたを見ていてくれる。

ソード9は
「あなたを壊すための絶望のカード」ではなく、
「まだほどけていない夜の結び目が、ここにあるよ」
そっと教えてくれる札なのかもしれません。

今日もどこかで、
眠れない豆球の夜をひとつ越えて、
「怖いは来るけど、朝になったら帰っていくんだ」
少しだけ知っていく心に——

 

タロットの休憩室から、
小さなランプの灯りと、
怒らないぬいぐるみの耳が、
そっと寄り添っていますように。

菜々