大阪 占い師 菜々先生の記事 タロットの休憩室・第八夜「カップ6 記憶の中庭」

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占い師の開運ブログ
  • スピリチュアル編

2026.2.27 タロットの休憩室・第八夜「カップ6 記憶の中庭」


その夜の休憩室は、いつもより少しだけ、しん……としていた。

ソード6の渡し舟は、さっき最後のひと組を向こう岸に降ろして、
今はテーブルの上で静かに舟の模型を休ませている。

ワンド4の小さなアーチは、入口の少し手前に立ったまま、
「おかえり」と「はじめまして」の文字を、
今夜も変わらず見守っていた。
ここから先の部屋たちへ続く、一番最初の扉として。

塔は、雷仕事の疲れがようやく抜けてきたのか、
ソファの上で腕を組み、目を閉じている。
ソード3は、包帯を巻き直す手を止めて、
ランプの火をぼんやりと眺めていた。

隅のテーブルでは、隠者のランプが、静かに灯りを揺らしている。
星は窓辺に立ち、
「向こう岸」に並ぶ小さな家々の灯りを、遠くから見つめていた。

──そのときだった。

休憩室の床の、一番真ん中あたり。
そこに、ふわりと柔らかい光の輪がひとつ、広がった。

「……あ、始まった。」
星が、少しだけ表情をゆるめる。

光の輪は、ゆっくりと形を変え、
丸い中庭のような場所をつくり出した。
石畳の真ん中には、小さな噴水。
その縁には、6つのカップがぐるりと並んでいる。

そのひとつひとつから、
小さな花や、ビー玉や、
色あせたリボンや、木の葉っぱが顔をのぞかせていた。

中庭の入口に、
カップ6が、そっと立つ。

「今夜は、ここを開けておこうと思って。」
カップ6は、少し照れたように笑った。
「引っ越しの前に、“心の荷物”を見直す場所。
昔の自分と、今の自分が、
同じベンチに並んで座るための、中庭だよ。」

愚者が、リュックを抱えたまま顔を出す。
「……ここ、なんか、懐かしい匂いがする。」

カップ6はうなずいた。
「そう。ここは“懐かしさ”の部屋だからね。」



中庭の入り口に、ひとつの影が現れる。

引っ越し用の段ボールをいくつも抱えて、
肩に少しだけ、疲れを乗せた背中。
ポケットの中には、新しい部屋の鍵。

「……ここって、
 “いい思い出”だけを持ってきたほうがいいところ?」

カップ6は首をかしげて笑う。

「ううん。
ここは、“いい思い出だけに塗り替える場所”じゃないよ。」

「ここはね、
たくさんある記憶の中から——

『この瞬間は、たしかに自分を支えてくれたな』
『あのとき、ちゃんと笑っていた時間もあったな』

そんな“小さな断片”だけを、
もう一度そっと拾いなおす場所。」

カップのひとつが、
ぽん、と小さく光った。



影は、おそるおそるカップの前に座る。

「子どものころのことを思い出そうとすると、
どうしても、胸がぎゅっとする所ばっかり目立ってしまって。」

「アルバムを開けると、
楽しいページの手前に、ちょっと苦いページが挟まってる、
みたいな感じで……。」

カップ6は、静かに耳を傾ける。

「うん。その感じ、よく分かるよ。」

「だからここではね、
 “全部を許す”とか、
“全部を美しい思い出に変える”必要はないんだ。」

カップの内側で、小さなビー玉がころん、と転がる。

「たとえば——
あのとき、誰かが何気なく入れてくれたお茶の湯気だけ。
夏の夕方、一瞬だけ風が通って涼しかったベランダの匂いだけ。
学校帰りに寄った駄菓子屋の、10円ガムの包み紙だけ。
同じクラスの誰かの横顔を、理由もなく目で追っていた、
あの“ちいさな初恋”のドキドキだけ。

「状況そのものは、いろいろあったとしても。
その中に、たしかにあった“ひと呼吸ぶんのやさしさ”を、
ここで、小さなかけらとして拾い上げるんだ。」



隠者が、ランプを持って中庭の外縁に立つ。

「ここに来る前、
ずっと“思い出したらつらいから”と、
心のアルバムを閉じたままにしている人を
何人も見てきました。」

星も、噴水のあたりまで歩いていく。

「夜空から見ているとね、
つらかった場所と、あたたかかった場所が、
本当は同じ地図の上に並んでいることも多いんです。」

影は、そっと目を閉じる。

子どものころの部屋。
古びたこたつ。
誰かの気配。
ひとりで読んでいた漫画のページ。
こっそり食べたアイスの味。
名前も呼べなかった初恋の人が、
一度だけ笑いかけてくれた瞬間。

「……ぜんぶ、完璧な家庭だったわけじゃないけど。」

「たしかにあのとき、
笑っていた夕方もあったな。」



6つのカップが、静かに揺れる。

ひとつは、「あの頃の自分が好きだった遊び」。
ひとつは、「安心していた匂い」。
ひとつは、「誰かにかけてもらった、たった一言のやさしい言葉」。
ひとつは、「誰も見てくれていなかったけれど、自分ががんばっていた姿」。
そしてひとつには、
誰にも言わなかったちいさな初恋の、とくん、とくんという鼓動。

どのカップにも、
完璧ではない世界の中で、
それでもちゃんと灯っていた、小さな灯りが入っていく。

カップ6は言う。

「ここで大事なのは、
“何を許すか”よりも、

 “これからの自分のポケットに、
 どんな記憶を入れておきたいか”なんだ。」

「新しい部屋でしんどくなったときに、
そっと取り出して
『たしかにこんな時間もあったな』って思える種を、
いくつかだけ、選んでいくイメージ。」



影がふとつぶやく。

「ねぇ。
『こんな家で育ってよかった』って、
ポジティブ変換までしなきゃダメ?」

カップ6は、はっきりと首を横に振った。

「いらない、いらない。」

「ここは、“無理に感謝する”ための場所じゃないよ。」

「『あれはあれで大変だった』っていう実感も、
ちゃんと持ったままでいい。」

「その上で、
 “それでも、あの風だけは好きだったな”とか、
 “あの時見た空の色は、今でも覚えてるな”とか。」

「そんなふうに、
自分の中から“やさしかった瞬間”だけを
少し取り分けてあげること。」

隠者が、ランプを少し持ち上げた。

「それは、
誰かのためにきれいに見せるための思い出ではなくて。」

「これからの自分の心を、
ふとしたときに支えてくれる“ひと口ぶんのスープ”みたいなものかもしれませんね。」



人間たちの世界では今日も、
どこかで、段ボールだらけの部屋の真ん中で、
アルバムや思い出の箱を前に、
手が止まってしまう人がいる。

「これは、もう見たくない」
「でも、全部捨ててしまうのも、なんだか違う」

そんなふうに迷いながら、
ページを閉じたり開いたりしている心。

もし今、
昔のことを思い出すときに、
しんどさのほうばかりが先に立ってしまう人がいたら——

その人の内側では、
カップ6の小さな中庭が、
そっと灯りをともして待っているのかもしれません。

タロットのカップ6は、
「過去に戻って仲直りしなさい」という義務のカードではなく、

「アルバムの中から、
これからの自分をそっと支えてくれる一枚を、
何枚か選び直してみませんか」

と、静かに誘ってくれるカードなのかもしれません。

今日もどこかで、
自分の過去を“全部黒”“全部白”かで決めつけずに、
その中にあった小さな色を拾い直す人が増えますように。

そしていつか、
ソード6の舟を降り、
ワンド4の小さな門をくぐったその先で——

カップ6の中庭で選び直した“やさしい記憶”たちが、
新しい部屋のカーテンやマグカップや、
これから出会う誰かとの会話の中で、
ふと、あの頃のちいさな初恋の胸さわぎを思い出させてくれるような、
ささやかな灯りとなってくれますように。

 

菜々