大阪 占い師 菜々先生の記事 タロットの休憩室・第十八夜 「星時計の夜」— 動かない時計

菜々先生の記事タロットの休憩室・第十八夜 「星時計の夜」— 動かない時計

梅田店 7F
06-6676-8450
梅田店 8F
06-6110-5098

占い師の開運ブログ
  • スピリチュアル編

2026.4.6 タロットの休憩室・第十八夜 「星時計の夜」— 動かない時計


その夜の休憩室は、

いつもより少しだけ、時間の流れがゆっくりに感じられた。

 

隠者のランプが、

いつもより細く長い炎でゆらゆらと灯り、

星は窓辺で、

遠くのネオンサインを眺めている。

 

「……今夜は、“星時計”の話をしようか。」

ランプがそう言うと、

テーブルの上に、ひとつの光景がすっと浮かび上がった。

 



 

それは、真夜中の少し手前。

街のシャッターがほとんど降りてしまったあとも、

まだ灯りを消さないでいる、古い喫茶店だった。

 

壁の高いところには、

文字盤の代わりに小さな星座が描かれた、古い掛け時計がひとつ。

その星座たちの真ん中で伸びる針は、

まるで動かない時計に見えるのに、

どこかで、かすかに「チチ……」と音だけが続いている。

 

この店を、

二人は勝手に「星時計の喫茶店」と呼ぶようになる。

 

扉が開いた瞬間、

彼女と彼は、ほとんど同時に声をあげてしまった。

 

「あっ。」

 

再会でもない。

初めて会うのに、

なぜか「知っている誰か」に出会ったときのような、

胸の奥がざわりと動く感じ。

 

彼は、少し年下の社会人で、

不思議なほど世間知らずなところがあった。

終電の時刻さえ、あまりよく分かっていない。

 

彼女は、まだ今のような占い師ではなく、

「ここから先の自分」を探していた頃。

 

二人は向かい合って座り、

コーヒーをひと口飲んでは、

互いのこれまでの話を少しずつ出し合った。

 

子どもの頃の話。

仕事の話。

家族の話。

これまでの恋の話。

 

話せば話すほど、二人は何度も小さく笑っては、顔を見合わせた。

 

育ってきた家の空気。

人を好きになる速度。

孤独がとても怖いこと。

子どものころ好きだった「ノンタン」の話まで、

驚くほど同じところでうなずいてしまう。

 

まるで、自分を鏡に映したもうひとりが、

向かい側の席に座っているみたいだった。

 

どれも、特別な出来事というわけではないのに、

言葉が、驚くほど自然にほどけていった。

 

星時計の針は、

相変わらずほとんど動いていないように見える。

それでも、

ガラス越しの星座たちは、

二人のあいだに流れる時間を、静かに見守っていた。

 

気づけば、外は真夜中をすっかり通り過ぎて、

始発前の静けさが街を包んでいた。

 

「……もう、こんな時間なんだ。」

 

彼がそう言ったとき、

彼女は内心で少しだけ笑った。

(本当に、この人は不思議な人だな。

こんな時間まで話しておいて、

今、やっと時間に気づくなんて。)

 



 

やがて二人は、

星時計の喫茶店を出て、駅まで歩いた。

 

夜明け前の空は、まだ群青色で、

遠くのビルの輪郭だけが、ゆっくりと滲んでいく。

 

改札の前で、二人は立ち止まる。

 

彼はうつむいたまま、

少し照れたように、

けれど何かをこらえるみたいな顔で、

片手をひらりと振った。

 

「じゃあ、また。」

 

その一言だけだったのに、

二人の胸のどこかで、

何かが「カチ」と鳴った気がした。

 

家に帰ったあと、

四日間、二人は一切連絡を取らなかった。

 

電話をしようとして、やめる。

メッセージを書いては、消す。

 

お互いに、ぎりぎりのところで踏みとどまりながら、

「好きになってしまったら、また辛くなるかもしれない未来」を、

それぞれの部屋で想像していた。

 

四日目の夜。

先に沈黙を破ったのは、彼のほうだった。

 

「まだ、起きてる?」

 

たったそれだけの言葉が、

星時計の長針と短針を、

ほんの少しだけ前へ進めた。

 

そこからの二人は、

少しずつ近づいていった、というより、

もう離れていることのほうが不自然になってしまった。

 

四日間、互いに連絡を飲み込んでいたぶんだけ、

いったん動き始めた時間は、

堰を切った水みたいに、静かに、それでいてどうしようもなく流れ出した。

 

彼女が仕事を終えて帰ってくると、

アパートの階段に彼が座っている夜があった。

 

うつむいたまま、少し照れたように、

少し困ったように、

小さな声で「また来ちゃった」とつぶやく。

 

そのひとことに、

彼女は叱ることも、笑うこともできず、

ただ胸の奥だけが、どうしようもなく熱くなった。

 

会っていない時間まで、

どこかでつながってしまっているようだった。

 

今日は沈んでいるのかな、と思うと、

少し遅れて彼から短い言葉が届く。

彼がふいに明るくなる日は、

理由もないのに、彼女の胸の重さも少しだけ軽くなる。

 

離れているはずなのに、

離れている感じがしない。

 

それは恋というより、

はぐれていた片割れがようやく見つかったみたいな、

説明のつかない感覚だった。

 

二人は、

好きだと確かめ合う前から、

もう互いに惹かれていることを知っていた。

 

知っていながら、

その不思議さをうまく言葉にできないまま、

ただ会えばほっとして、

離れれば、もう次に会いたくなってしまう。

 

あの星時計の喫茶店で始まった夜は、

たった一晩だったはずなのに、

そのあと二人のあいだには、

現実の時間とは少し違う、

もうひとつの時間が流れ始めていたのだと思う。

 

それは、若さゆえの激しさとも、

ただの寂しさの埋め合わせとも少し違っていた。

 

もっと静かで、

もっと深いところで、

「この人を知っている」と先に心が思い出してしまうような近さ。

 

だからこそ、

その季節は一瞬で燃え尽きるようなものでは終わらなかった。

 

二人はそのあと二年ほど、

まるで離れていることが不自然みたいに、

日々の時間を共有するようになる。

 

彼は、子どもみたいな言い方で、

「おじいちゃんになっても、おばあちゃんになっても一緒にいる」

と、妙にまっすぐな顔で言った。

 

その言葉がどこまで未来を知っていたのかは分からない。

けれど少なくともあの頃の二人は、

ほんとうに、そんなふうにずっと続いていくのだと、

疑いもせずに信じていた。

 

駒ヶ根のおじさんは、

二人のことを見て、ただ一言、

「この二人はソウルメイトだね」

と言った。

彼女は驚きながらも、

どこかで

「ああ、やっぱりそう見えるんだ」

と思ってしまった。

 



 

そして、そのあと…

二人の時間はやがて、別のかたちで終わりへ向かっていく。

 

事情は最後まで全部は分からないまま。

預けたまま返ってこないものも、

言えずじまいになった言葉も、

いくつかは、そのまま宙に浮いてしまった。

 

それでも――

あの夜、星時計の下のテーブルに並んで座った時間だけは、

誰にも奪えない「一晩分の世界」として、

どこかに静かに残り続けている。

 

そして、あの夜から始まった季節もまた、

たとえいまはもう手の中になくても、

確かに生きた時間として、

心のどこかに灯り続けている。

 

ずいぶん時間が経ってから、

菜々はひとりで、その喫茶店に何度か足を運んだ。

 

メニューの端っこに小さく載っていたオムライスを頼んでみたら、

担々麺でもパスタでもない、

びっくりするくらいやさしい味がした。

「あぁ、こんな味の夜だったな」と、

そのとき、ふっと胸の奥がゆるんだ。

 

あの夜ふたりで座っていた席には、

別の誰かが座っていることもあった。

だから菜々は、少し離れた席から星時計を眺めながら、

静かにごはんだけ食べて帰る夜を、

何度かくり返した。

 

そして何度目かの夜、

ふと扉を開けると、

その席だけが、ぽっかり空いている日があった。

 

菜々は少しだけ迷ってから、

「お借りしますね」と心の中でつぶやいて、

そっとその席に腰をおろした。

 

壁の高いところの星座の時計は、

相変わらず、まるで動かない時計みたいに見えるのに、

どこかで、かすかに「チチ……」と音だけが続いていた。

 

その夜、針がひと目盛りだけ「カチ」と進んだような気がしたのは、

きっと気のせいではなかったのだと思う。

 

人生のどこかで、

「あの夜の席」にもう一度だけ座り直すことで、

遅れていた時計の針が、

静かに前へ進むことがあるのかもしれない。

 

隠者のランプは、

その光景を見届けるように、小さく炎を揺らした。

 

「たぶんあの夜、

彼らは『初めて会った』んじゃなくて、

“ようやく今の人生で会えた”だけなんでしょうね。」

 

星は、窓の外の空を眺めながら、

小さくうなずいた。

 

「だからこそ、

あのテーブルは、ちゃんと“あった”時間なんだと思う。」

 

菜々