占い師の開運ブログ
- スピリチュアル編
その夜の休憩室は、
いつもより少しだけ静かで、
天井の高低差がはっきりわかるような空気をしていた。
部屋の片隅には、
低い灯りのともる、小さなお部屋のような空間。
その反対側には、
長くのびる道の地図が広げられている。
四国八十八ヶ所。
西国三十三ヶ所。
そして、まだ灯りの入っていない御霊舎。
星が、その二つを見比べて小さくつぶやく。
「同じ時代の話なのに、
片方はこんなに小さくて、
片方はこんなに遠いんだね。」
隠者のランプが、静かにうなずいた。
「ええ。
今夜の話は、
小さなお部屋にしか住めなかった時代に、
それでも魂は別の大きな道を歩いていた、
そういう夜の記録です。」
⸺
その頃、その人は、
どうしてもまだ、
小さなお部屋にしか住めなかった。
恋も、暮らしも、仕事も、
どこかまだぎゅっと身を縮めるような形でしか
持つことができなかった。
大きく花開くには、
生い立ちも、環境も、
何もかもがまだ整いきっていなかったのだと思う。
けれど、その小さなお部屋の時代にも、
その人の中には
ずっと別の願いが流れていた。
それは恋の願いではなかった。
もっと古くて、
もっと深いところから来ていた願いだった。
小学四年生の頃、
その人はすでに
「あれに行きたい」
と、巡礼の道に心を引かれていた。
父と母にそう言ったとき、
返ってきたのは理解ではなかった。
「はあ?」というような、
この子は何を言い出したのだろう、という空気だった。
それでもその願いは、
心の奥から消えなかった。
⸺
やがて大人になり、
父と母を見送ったあと、
その願いはもっと切実な形へ変わっていく。
その家系には、
きちんと整ったお墓があるわけでもなかった。
お墓参りの作法すら、
ちゃんと受け継がれていなかった。
だからこそ、
自分が父と母の供養の道を作らなければならないのではないか、と
そう思うようになった。
その流れの中に、
たまたま、当時その道を一緒に歩いた人がいた。
恋のために巡礼が始まったのではなかった。
巡礼の願いは、
もっとずっと前から
その人の中にあった。
ただ、その現実の道の途中に、
同行者がいた。
最初に善通寺へ日帰りで行ったとき、
その人はどうしてもお杖が欲しくて買った。
それは、
ただの記念品ではなかった。
ここから本当に始まるのだと、
身体の奥へ静かに知らせる印のような一本だった。
そこから、
お四国さんを巡る道が本当に始まっていく。
⸺
ソード6の舟が、
地図の上にそっと手を置いた。
「この道は、
恋を守るための道じゃなかったんだね。」
隠者が静かにうなずく。
「ええ。
もっと深いところで、
父母の供養へ向かう道でした。」
「だから今夜の話では、
小さなお部屋の恋と、
巡礼の道は、
同じ時代にあった別の流れとして並んでいるのです。」
星が、少し驚いたように目を見開く。
「恋の器は小さかった。
でも魂の道は、
それよりずっと大きかったんだ。」
⸺
巡礼の道の真ん中あたりで、
菜々は決めた。
神主先生の神道で、
父と母の供養をしていこう、と。
そして御霊舎を迎えた。
それは恋の延長で置かれたものではなかった。
家の灯りを、
ちゃんと家の中に戻していくための決断だった。
小さなお部屋にしかいられなかった時代に、
その部屋とは別のところで、
家系のタテ線を整える道を歩いていた。
この対比こそが、
今になって振り返ると
いちばん不思議で、
いちばん本当のことだったのかもしれない。
塔が、低い声で言う。
「つまり、
人生の器はまだ小さかった。
でも、そこでやっていた仕事は
小さくなかったってことだな。」
「そう。」とランプは言った。
「小さなお部屋にしか住めなかったからといって、
その人の魂まで小さかったわけではないのです。」
「むしろその時代に、
父母のために巡礼を始め、
御霊舎を迎え、
家の灯りを戻す道を選んでいた。
それは、恋とは別のところで進んでいた、
大きな祈りの仕事でした。」
⸺
お四国さんは、
父と母の供養の願掛けをして、
最後まで満願まで通した道だった。
そしてその続きとして、
当時その道を一緒に歩いた人が、
西国三十三ヶ所も満願まで伴ってくれた。
ここでも、
恋と巡礼はひとつではなかった。
けれど、
同じ時代を並んで流れていた。
小さなお部屋で、
まだ人生の器を大きくできずにいたその人。
その一方で、
父母の供養のために、
長い巡礼の道を歩いていたその人。
今ふり返れば、
あの時代は
「狭かった恋の時代」
というだけではまったく足りない。
むしろ、
小さなお部屋にしか住めなかった時代に、
魂のほうは家の灯りをつなぎ直す大きな道を歩いていた時代。
そう呼ぶほうが、
ずっと本当のことに近いのだと思う。
⸺
ワンド4の小さな門の向こうで、
今の少し広い部屋の気配が揺れる。
そこには、
神棚と御霊舎の場所がちゃんとあり、
ご先祖さまたちの席も整っている。
もう、
ただ身を縮めて恋を守るだけのお部屋ではない。
自分と、ご先祖と、
そしてこれから誰かを迎え入れられる余白がある部屋。
星が、その灯りを見ながらそっと言う。
「昔のあの人は、
小さなお部屋にいた。
でも今は、
その時代を通って、
ちゃんと家の灯りのほうへ来たんだね。」
隠者のランプが、やわらかく揺れた。
「ええ。
だから今なら、
あの頃の自分にこう言ってあげられるのです。」
「小さなお部屋にしかいられなかったことは、
恥ではなかった。
その時代の器がまだそこまでだった、
ただそれだけのこと。」
「そしてその同じ時代に、
あなたの魂は、
父母の供養へ向かう大きな道を、
ちゃんと歩いていたのだと。」
⸺
人間たちの世界では今日も、
どうしてもまだ
小さなお部屋にしかいられない時期がある。
恋も、暮らしも、
人生の器そのものも、
まだぎゅっと小さくしか持てない時期がある。
けれど、
そのことだけで
その人の魂まで小さいとは限らない。
見える暮らしは小さくても、
見えないところでは、
ずっと大きな祈りの道を歩いている人もいる。
もし今、
「どうして私はまだこんな小さな部屋にいるのだろう」
と感じている人がいたら——
その人の中にもきっと、
まだ言葉になっていないだけで、
別の大きな道が流れているのかもしれません。
⸺
*小さな差し入れ*
もし今、
小さなお部屋にいる自分を
どこかで少しだけ窮屈に感じている人がいたら——
心の中で、一度だけ
こうつぶやいてみてください。
「小さなお部屋にいたことと、
私の魂まで小さかったことは、同じではない。」
「まだ器がそこまでだった時代にも、
私は私なりの大きな道を歩いていたのかもしれない。」
今日どこかで、
昔の狭い部屋を思い出して
胸がきゅっとした人がいたなら——
その人の足もとにも、
目には見えなくても、
その人だけの巡礼の道が
ちゃんと続いていますように。
菜々



