大阪 占い師 菜々先生の記事 タロットの休憩室・第五夜「死神の鎧置き場」

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  • スピリチュアル編

2026.2.16 タロットの休憩室・第五夜「死神の鎧置き場」


その夜の休憩室は、いつもより少し重たい空気だった。

塔は雷仕事の後片づけを終えたばかりで、
ソード3は、古い包帯を外して新しいものを巻き直している。

隅のほうには、小さなクロークのようなスペースがあった。
そこは、タロットたちが“もう着なくなった鎧”をそっと預けていく場所だ。

その奥の椅子に、死神が静かに座っていた。
真っ黒なローブ。骨ばった手。
けれど、その目は、どこか看取り役の医師のような静けさを湛えている。

——扉がそっと開いて、愚者が顔をのぞかせた。

「……あのさ」
いつもの明るさとは少し違う声だった。

「ここ、今夜は入ってもいい?」

死神は、ゆっくりとうなずいた。

「もちろん。あなたの鎧も、だいぶ音を立ててきていますからね」

愚者は、少し照れたように笑ってから、背中に手を伸ばした。
カチ、カチ、と金具が外れる音がする。

「ボクさ。ずっと“何も持ってないふり”してたけど。
本当は、けっこう重たい鎧を着てたみたいなんだよね」

肩から上半分の鎧が外れ、コトリ、と床に置かれる。

「“ちゃんとして見られなきゃいけない”とか。
“フラフラしてると思われたくない”とか。
“周りの期待に応え続けなきゃいけない”とかさ」

死神は静かに立ち上がり、愚者のそばに歩み寄る。

「それは、“古いあなた”を守ってくれた鎧ですね」

愚者はうなずいた。

「うん。あの頃のボクには、必要だったんだと思う。

でもさ——」

胸の前の留め具を、最後の一つ外す。

「この鎧着てると、もう新しい場所まで歩けないんだよね」

——死神は、外された鎧を両手で支える。

「捨ててしまうわけではありません。
ここでは、“供養”に近いことをするんですよ」

椅子の横には、いくつもの鎧が並んでいる。

「“家族の期待どおりの自分でいなければ”と信じていた誰かの鎧。
“嫌われないように振る舞わなきゃ”と信じていた誰かの鎧。
“自分を守るために、いつも少し背伸びしてきた誰かの鎧」

愚者が、はっと顔を上げる。

「……そういうの、ボクにも心当たりあるな」

死神は、目を細める。

「ええ。
長いあいだ“ちゃんとしなきゃ”を自分に課し続けて、
本当にやりたかった在り方を、しばらく横に置いてきた人は多いのです」

愚者は、鎧の山をじっと見つめる。

「……みんな、がんばってたんだね」

——そのとき、隠者がランプを持ってクロークの前までやって来た。
ランプの火は、いつもよりほんの少しだけ強く揺れている。

「先生」

愚者が、少し照れたように笑う。

「ボクさ。
このランプの中に、一回逃げ込んでたんだよね。
“もうこれ以上は生きる練習したくない”って」

愚者は、ランプの灯りをじっと見つめる。

「ときどきさ、この灯りのいちばん奥のほうに、
“古い菜々”みたいな人影も座ってる気がするんだ。

カードを読むことに疲れきって、
それでも灯だけは消したくなくて、
そっとここに避難してるみたいな」

隠者は、静かに目を細めた。

「ええ。あのランプには、ときどきそういう魂も休みに来ます。

でも今は、
死神さんに鎧を預けて——」

愚者は、胸に手を当てる。

「この中の“ただ在る光”だけで、
もう一度歩いてみようかなって思ってる」

隠者は、小さくうなずいた。

「そのためにも、鎧はここに預けて行きなさい。
“ここまでよく生き延びた自分”への感謝だけを残して」

——死神が、愚者の鎧を他の鎧たちの隣にそっと並べる。

「ここに並んでいる鎧は、どれも“負け犬”の証ではありません。

どれも、“ここまでよく生き延びました”という印です。

この部屋に来る人間たちも、ときどき同じことをしていますよ」

死神は、少し遠くを見るような目をした。

「長年続けてきた働き方を、
“もうここで終わりにしよう”と決めた人。

親や周囲の期待を手放して、
“自分の人生を選びなおそう”と決めた人。

“頑張ることでしか自分を保てない生き方”をやめて、
もっと静かな灯を大事にしようと決めた人。

みんな、見えないところで自分の鎧を脱いで、
どこかのクロークにそっと預けている」

愚者は、鎧の山に向かって一礼した。

「……みんな、お疲れさま」

——人間たちの世界では今日も、
どこかでひとり、天井を見つめている人がいる。

「もう、この生き方は無理かもしれない」
「でも、ここまで守ってくれた自分を、否定もしたくない」

そうやって、心の中でずっと重たい鎧を抱きしめている夜。

もし今、
「終わらせたいけれど、終わらせるのがこわい」
という場所に立っている人がいたら——

その人はもしかしたら、
死神のクロークの前まで来て、まだそっと様子をうかがっているところなのかもしれません。

死神のカードは、
「あなたはもうダメです」と告げる札ではなくて、

「ここまで守ってくれて、ありがとう。
 この鎧は、もうここに置いて行っていいですよ」

と、静かに伝える札なのかもしれません。

 

今日もどこかで、
古い鎧を完全に否定することなく、
それでも一度脱いでみようとする心に——

死神のクロークが、やさしく開いていますように。

 

菜々